眠れない人のための「SOMEDAY(佐野元春)」徹底解析。~授けられた命を存分に満たして。~
はいこんにちは、犬飼ユウです。
今日も楽しく音楽解析をやっていきます。
さて、音楽解析とは何なのでしょう?。
音楽解析とは音楽を「見つめること」です。
音楽解析とは音楽を深く深く「掘っていくこと」です。
音楽はただの、『音』ではない。
何故ならただの音はこれほど、僕たちの心を揺さぶらないから。
音楽はただの音とは違い、僕ら聴き手の心を、大きく揺さぶる。
音楽を聴くだけで、僕らは何か「特殊な体験」をしたかのような気分になる。
音楽を聴くと、まるでどこかに「旅」したような気分になる。
音楽は僕らの心を、確実に『狂わしている』。
音楽は僕らの心を、一時的に「支配する」・「満たしていく」。
音楽を聴くと音楽と僕らの心が、まるで何か『交流』し合っている。
音楽を聴いている間、僕らの心というのは何か「不思議な扉」を開けている。
音楽を聴いている間、聴き手である僕らの「心」に何が起こっているのか。
音楽を聴いている間。僕らの「心の中」では何が行われているのか。
音楽を聴いて、僕らの「脳」は何をイマジネーションしているのか。
音楽を聴いて、僕らは「心」に何を思い浮かべているのか、何を感じているのか。
それを探るのが音楽解析です。
その僕らの心に残る「音楽の爪痕(つめあと)」を解明していくのが音楽解析です。
今夜もよろしくお願いします<(_ _)>。
今回解析するのは佐野元春さんの「SOMEDAY」という曲です。
今回もいつもと同じように、YOUTUBEの動画を使っていきます。
(YOUTUBEの動画は非公式のものです。)
YOUTUBEの動画の再生時間に合わせて、
その時僕が感じたこと、その時の曲の音から僕が想像したものをこれから書き記していきます。
それでは始めます。
『再生時間0:00~0:01』
再生時間0:00秒から0:01秒まで。
曲が始まり、その曲の最初の音と僕ら聴き手が出会う。
その最初の音から何を感じるか。
その最初の音はどう僕らの心に打ってきているか。
その第一印象を大切にしよう。
イントロの音のファーストインプレッションを心に留めておこう。
その印象が、これから始っていく曲をどう捉えていくかに、とても影響していくから
以下この時間帯の詳しい解説。
曲が始まりました。
曲のイントロが始まりました。
その最初に聴こえてくるイントロ音はまるで、
何かがゆっくりと「破裂」するような音に聞こえます。
(パアンッ、という音)
その最初のイントロ音はまるで、
何かが静かに「割れる」ような音に聞こえます。
膨(ふく)らんでいた丸いものが「破裂」する。
体積がある丸い風船のようなものが割れてしまって、その形を「失う」。
消失と決裂。
分かれと崩壊。
この曲の最初の音から感じられる印象は、どこか『悲しい』。
そしてどこか『切ない』。
そしてどこか『柔らかい』。
まるで僕ら聴き手の心が「砕かれる」ような、そんな音。
まるで僕ら聴き手の心が「消失」するような、そんな予感を感じさせられる最初の音。
全てのことは、ほぼ最初でその答えが出ている。
初めの音で、僕らがどう感じるかを大切にしよう。
たぶんその印象が、この曲の「すべて」であり、「結末」であるから。
それではイントロの続きを聴いていきましょう。
『再生時間0:01~0:05』
再生時間0:01秒から0:05まで。
イントロの音が、僕ら聴き手に染みていく。
イントロの音が、僕ら聴き手の心に染みていく。
今までこのブログで解析してきたどの曲よりも、僕の背中が「温かく」感じる。
イントロの音がまるで熱を帯びて、僕の背中に触れてくる。
ああ、気持ちいい、ああ、温かい。
温かさの理由を知りたくて。温かさのもとをたどりたくて。
僕ら聴き手は曲と共に探検していく。
以下この時間帯の詳しい解説。
イントロの音が続いていく。
イントロの音が「高い所」から、僕らの背中を押していく。
すごくいい「音」だなあと、僕は思う。
今までこのブログで解析した曲の中でも、「温かい音」だなあと僕は思う。
音の中に、温度を感じる。
音なのに、温かさがある。
音楽って、おもしれえ。
再生時間0:01秒からピアノの音が鳴り始める。
その音がすごく僕ら聴き手の「背中」に当たる。
ピアノの音がすごく僕ら聴き手の背中に当たって、じんじんと僕らの背中を温める。
ピアノの音に、『潜って』いこう。
このピアノの音をもっと、「解剖」したい。
このピアノの「音の温かさの正体」を捉えたい。
素晴らしい音の原理を知りたくて。
僕らの心を掴む音の姿を掴みたくて。
僕がこのピアノ音を潜った結果感じたことを書いていきます。
僕がこのピアノの音から感じるのは、僕らの『幼き日々』。
このピアノの音が僕らの心のどこの琴線に触れるのか。
このピアノの音が僕らの心のどの記憶と結びつこうとしてるのか。
それを自分の心を確かめながら探っていくと、僕の場合これは『少年の時』かなあと思う。
音が記憶を呼び起こす。
音が僕らの過去とリンクしていく。
心が気づくと、自分の身体も気づく。
心が温まると、自分の身体も温まる。
ピアノの音に促され自分の心が温まり、そして自分の背中に熱を感じてくる。
不思議な感覚。
不思議な現象。
これからこの曲を通じて、僕らは「過去の僕ら」と出会う。
過去の僕らは今の僕らに何を伝えるのか。
過去の僕らは今の僕らをどう見るのか。
楽しい探検が、今始まる。
一人一人の回顧録(かいころく)が、今、開かれていく。
『再生時間0:05~0:18』
再生時間0:05秒から0:18秒まで。
イントロの続きを聴いていく。
イントロの続きを解析していく。
イントロの音から感じる温かさをもう少し、体感していく。
来ては引き、来ては引いている、波のような音を感じながら。
絶え間ない音の行き来に、聴き手の心は休まりながら。
イントロはもう少し続いていく。
以下この時間帯の詳しい解説。
イントロは続く。
イントロはまだまだ、僕ら聴き手の背中を温める。
イントロというのは、不思議だ。
あくまでイントロはボーカルの声(この曲では佐野元春さん)が始まる前の「前菜」。
あくまでイントロはボーカルの声が来る前の準備期間。
なのにどうして、こんなに僕ら聴き手の心を満たしていくのだろう。
準備の段階で、僕らはどうしてこんなにも満たされていくのだろう。
もう十分に、満たされていく。
もう十分に満足していく。
イントロの音がまだ続くので、その音をもう少し詳しく解析してみよう。
この曲のイントロは、まるで夕方の海の『波』のように感じる。
音の波が来ては引き、来ては引く。
その波がとても『密度』が高い。
その音の波は一度に多くの『情報』を、僕ら聴き手に与えてく。
繰り返し繰り返し、音の波は密度の高い情報を僕らに付与していく。
繰り返しやって来る波に、僕らの心が洗われていく。
絶え間なく僕らの背中は波にさすられて、僕らの身体はどんどん温かくなる。
密度が高い波に僕らの心が触れることで、僕らの心はどんどんと開かれていく。
僕らの心はどんどんと、簡単に心の扉を開けていく。
僕らは僕らの心を開けることを、「承諾」していく。
僕らはどんどん曲の音に、気を許していく。
音の波に揺られて。
音の波に、背中をさすられながら。
温かい物語が始まっていく。
切ない物語が始まっていく。
イントロはもう少し、続いていく。
『再生時間0:18~0:26』
再生時間0:18秒から0:26秒まで。
先ほどまで僕ら聴き手の背中をさすっていたイントロの音の波が引いていく。
一度かなり引いていって、僕らは背中に「冷たさ」を感じる。
終わりがない「愛」はない。
「慈愛」は永遠には続かない。
音の引きに、「終わり」を感じて。
音の引きに、「大人」を感じて。
僕ら聴き手はボーカルの声(佐野元春)を出迎える。
以下この時間帯の詳しい解説。
イントロの音に少し、「変化」が生じる。
再生時間0:05~0:18で感じた温かさが少し消え、
僕ら聴き手と音は少し『離れる』。
『愛』は近すぎては、その大きさに気づけない。
『愛』は離れることで、その大きさを初めて知る。
一日中四六時中彼氏彼女もしくは親と一緒にいても、
その存在の偉大さに気づけない。
彼らと離れることで、もしくは永遠に別れることで、
その存在の大きさを知る。
曲の音が一度、僕ら聴き手と距離を置く。
来ては引き来ては引きを繰り返していた曲の音が、ここでは大きく引いていく。
背中が少し寒くなる。
僕ら聴き手の背中が少し、冷たくなる。
温かさは『永遠』ではない。
その温もりはずっとは続かない。
曲の音のその「離れ」に、僕ら聴き手は少し、『終わり』を感じて。
背中の冷たさが僕らを少し、儚(はかな)くさせる、大人にさせる。
そろそろボーカルの声がやってくる。
(実際はイントロ中にボーカルの声が入っていたけど、
その解説入れるのは面倒くさいので(笑)、今回は省略します。)
ボーカルの声が再び、僕らの背中を熱くしていく。
『再生時間0:26~0:27』
再生時間0:26秒から0:27秒まで。
ボーカルの声とのファーストコンタクト。
イントロの最初の音との出会いの時のように、
ボーカルの声のファーストインプレッションを聴き手は深く噛みしめていく。
僕の場合、その声から、『遊び心』を感じる。
ボーカルの声から「昔からの親友」を、頭に浮かび上がらせる。
続きが聴きたい。
もっと話がしたい。
以下この時間帯の詳しい解説。
ボーカルの声と、僕らは出会う。
僕の心は、小刻みに震えていた。
ボーカルの声から僕が最初に感じ取ったのは、『遊び心』。
この声から僕が想像しうる声の中身は、それほど「真剣さ」を感じない。
この声はそれほど「緊張」していない。
この声はそれほど、「張って」はいない。
芸能人で言えばタモリとか。
もっと言えばみうらじゅん的なやわらかさを、佐野元春の声から感じる。
肩肘張っていない声の印象。
とてもリラックスした印象の声。
まるでそれは気の置けない親友としゃべっているような。
ただの親友ではなく、自分の少年期を知っている昔からの親友としゃべっているような。
そんな思いを、この声から僕は感じる。
そんな思いを、僕はこの声から想像する。
いつもより早く、僕は「呼吸」を深くできる。
ボーカルの声が始まってすぐに、僕は深呼吸し始めた。
まだ出会って間もないのに。
ボーカルの声と僕ら聴き手の旅はこれからなのに。
曲の続きを聴いていきましょう。
『再生時間0:27~0:38』
再生時間0:27秒から0:38秒まで。
ボーカルの声(佐野元春の声)を聴いていく。
曲の続きを聴いていく。
そのボーカルの声と向き合ってみたら、その声を深く自分の心に染みさせてみたら、
その声は意外にも『敗北的なムード』を僕は感じる。
先ほどまでの温かい曲の印象は消えて、
聴き手の周りが静かになり、聴き手は少し寒くなる。
ボーカルの声の続きを聴きたくて。
この曲の世界の結末を知りたくて。
僕らは曲の、続きを聴いていく。
以下この時間帯の詳しい解説。
ボーカルの声を聴き始めて、曲の続きを聴いてみて、
ここでボーカルの声から「新しい顔」を見つける。
どことなくその声は、『苦しさ』がある。
どことなるその声は、苦しんでいるように聴こえる。
ここまでこの曲の印象が「温かかった」から、
その「苦しさ」が意外に思えた。
ここまでの曲はどちらかというと僕ら聴き手を「優しく」包んできたから、
その「苦味」を感じるボーカルの声が、僕には意外だった。
まるで僕の心まで『砕かれる』ような。
まるで僕の心まで『否定』されるかのような。
『挫折的(ざせつてき)』なムードが、ボーカルの声によって作られる。
『諦め』の空気が、この曲の世界に漂い始める。
先ほどまで感じた温かさが消えて、「現実」が押し寄せてくる。
これまでの自分が「否定」されて、目の前が少し、暗くなる。
僕はちょっと、寂しくなる。
僕は少し、不安になる。
好きな人に抱きしめられても抱きしめられても、
その感触はすぐに消えていく。
好きな人に認められても認められても、
その承認は一時的なもので、すぐにまた満たしてくれないと、僕は不安になる。
言いようのない不安が、僕ら聴き手を襲う。
逃れられない孤独感が、僕らの背後に忍び寄る。
この話の続きはどうなるのか知りたくて、
僕らは曲の続きを聴いていく。
『再生時間0:38~0:46』
再生時間0:38秒から0:46秒まで。
ボーカルの声に、僕ら聴き手の心が染まっていく。
ボーカルの声が、僕らの脳を支配していく。
音楽の中で、僕ら聴き手はボーカルの声の奴隷だ。
僕ら聴き手は、ボーカルの声から逃れられない。
僕ら聴き手は曲の中で、ボーカルの声に「救い」を求め続ける。
「苦く」なってしまった僕らの心を、助けて欲しいと僕は願う。
曲は続く。
曲はまだまだ、僕らの心に侵攻していく。
曲はまだまだ、僕らの心を支配していく、満たしていく。
以下この時間帯の詳しい解説。
ボーカルの声の「苦味」に、僕らの心が染まっていく。
ボーカルの声の「挫折感」に、僕ら聴き手の心が影響されていく。
曲の世界では、ボーカルの声と僕ら聴き手は一心同体。
ボーカルの声が元気をなくせば、僕ら聴き手の心も元気をなくす。
ボーカルの声に元気を感じたら、僕ら聴き手の心も明るさを取り戻す。
ボーカルの声につられて、僕ら聴き手も『深い底』へと潜っていく。
ボーカルの声につられて、僕らも心の奥にある『暗い部分』を触れていく。
海面(水面)がどんどん遠くなる。
地上からどんどん離れて、僕らは「堕ちて」いく・「沈んで」いく。
暗い暗い海底の中で、僕らは静かに『自問(じもん)』していく。
一人にならないとできない、「心の整理」が始まる。
深い深い、暗い暗い海底で、僕ら聴き手はゆっくりと、自分を見つめなおしていく。
ゆっくりとゆっくりと、自分自身を振り返っていく。
そこではまるで、火の鳥(手塚治虫原作の漫画のキャラ)が僕らにだけ永遠の命を与えたような気分になって。
そこではまるで誤って、5億年ボタン(ネットで有名な話)を押してしまったような気分になって。
長い長い自分への問いをし続けて、やがて僕らは『無』になっていく。
始まりすら思い出せずに、終わることを許されずに、
僕らは静かに、暗闇に我が身を潜める。
一人なのに、一人じゃないようで。
何もないのに、すべてを感じるようで。
「言葉にしにくい感覚」が、僕ら聴き手を包んでいく。
とてもとても「遠い記憶」と、僕らはキャッチボールし続ける。
どうなるのかな、この世界は。
どうなるのかな、この曲を聴いている僕の心は。
どうなるのかな、この曲の世界の結末は。
僕らは曲の続きを聴くことでしか、その『答え』を見つけられない。
罠の中に罠を解く仕掛けがある。
贖罪(しょくざい)の中に罪の意識がある。
僕らはもう、この曲から逃れられない。
もしくは、逃れたくないのかもしれない。
曲の続きを聴いていきましょう。
『再生時間0:46~0:52』
再生時間0:46秒から0:52秒まで。
ボーカルの声が少し変化して、少し希望を見出して、
それに呼応して僕らの心も上がっていく、海底から上がっていく。
この曲のこれまで続いていた「緊張」が少し取れて、
僕ら聴き手は少し足を伸ばす、肩をほぐす、首を回す。
僕らはゆっくりと深く呼吸をして、これまでを振り返る、静かに振り返る。
自分の心の広さを知って、心を少しだけ広くする。
自分の心に入ってくるものを受け入れ、出ていくものを祝福する。
自分の心を見つめて、自分の心に赦(ゆる)されていく。
僕らの心は静かに成長する。
僕らの心は曲の中で知らず知らずのうちに強くなっている。
自分の心なのに、あまりそれに気づかない。
自分の心なのに、あまりそれを意識してなかった自分がいる。
自分に少しホッとする。
自分を少し許容していく。
自分の心と、こんなにも見つめ合ったことは、これまであっただろうか。
自分の心と、こんなにも向き合ったことは、これまであっただろうか。
静かな静かな、僕らの心の試み。
それを僕らは曲とともに、遠くから優しく見つめていた。
以下この時間帯の詳しい解説。
ボーカルの声が少し、『変化』する。
これまでのボーカルの声が少し「重たさ」があったのに対して、
ここにきて少し、「軽さ」を感じる。
僕ら聴き手は少し、ホッとできる。
僕ら聴き手は少し、心の緊張を解くことが出来る。
僕ら聴き手は少し、足を伸ばす。
僕ら聴き手は深く息をして、首を曲げたりして、自分の身体をほぐしていく。
僕ら聴き手は少し、水面へと上がっていく。
僕ら聴き手は少し、地上を目指していく。
ボーカルの声の変化に応じて、僕ら聴き手の心の動きも変化する。
ボーカルの声に軽さを感じれば、僕らの沈んでいた心も少し明るさを取り戻す。
自分の心の調子を取り戻す。
自分の心の「色」を、思い出していく。
音楽というのは一つの物語。
そこには出会いがあり、別れがある。
様々なものの流れを感じて、僕らの心は強くなっていく。
様々なものの時の流れを感じて、僕らの心は成長していく。
知らないうちに近所の子が大きくなっている。
知らないうちに昔好きだった子が結婚している。
知らないうちに母が年を取っている。
時の流れに身を任せ、多くのことが近づいて、離れていく。
すべてのものを掴もうとするのではなく、全体を許容する。
すべてのものを理解するのではなく、全体を見渡す。
自分の心を広くしていく。
自分の心に余裕を持たして、
入ってくるものを受け入れ出ていくものを別れを告げる。
そうして気づく、気づいていく。
いつまでもいつまでも、自分の心にあるものを。
そうして分かる、分かっていく。
自分の大きさを、またそれに伴う限界(キャパシティー)を。
理解する(=分かる)ということはつまり、成長することだということを、
曲と共に、自分に伝えていく。
自分を知るということはつまり、
どう自分が世の中(社=会)と付き合っていくかということを、
曲と共に自分に染み込ませていく。
ちょっと解説が難しくなってしまったのは、
この文章を書いている僕が伝えるのが下手だからです(笑)。
僕の伝わりづらい解説なんかより、
この曲はずっと単純に、その『答え』を君に示す、君たちに染み込ませていく。
このブログの趣旨(しゅし)とずれるけど、
音楽なんてこんな難しく「解析」なんてしなくていいんだ。
何故ならこんな解析して伝えなくても、
その曲を聴いた人は無意識に、その曲が伝えたいものを受け取っているから。
曲の聴き手は自然に、曲からのプレゼントを受け取っているから。
何も読み解かなくていい。
何も考えなくていい。
ただ聴きたい音楽を聴けばいい。
ただ好きな曲を聴けばいい。
何故なら音楽は自由なものだから。
自由さから伝わるものが、受け取るものが、確実にあるのだから。
曲はもうすぐ、頂(=曲のサビ。クライマックスな部分)に到達する。
そこで僕ら聴き手はもう一度、この曲から受け取ったものを思い出す。
曲の頂で僕らもう一度、これまでの曲を反芻(はんすう)する。
静かな静かな、思い出しの時間が始まる。
静かな静かな、原体験のぶり返しが、始まっていく。
曲は僕ら聴き手を、一人では終わらせない。
曲は最後は必ず一緒に、この坂道を下っていく。
男女の行為と同じく、音楽もイクときは一緒なのだ。
・・・。
・・・。
『再生時間0:52~1:01』
再生時間0:52秒から1:01秒まで。
曲の頂(曲のサビ)に行く前に、僕ら聴き手は一度「エアポケット」に入る。
曲が終わりを迎える前に、僕らは一度、回顧していく。
曲の流れに身を任せながら、気づいたら僕ら聴き手が、曲を支配していく。
曲のすべてを感じ終えた僕らは、曲を上から見下ろしていく。
曲の世界の「空白期間」はもう少し続く。
以下この時間帯の詳しい解説。
先に言っておくと、当たり前ですがこの部分はまだ曲の頂(サビの部分)ではないです。
先ほどの再生時間0:46~0:52で曲の終わり、曲の頂が来ることは感じるのですが、それを感じてすぐには頂が来ることは少ないです。
確か今までこのブログで解析した曲も、そういうパターンが多かったと思います。
一度終わりを感じて、その後一度『間』があって、それから頂(サビ)に入ることが多いです。
先ほどの再生時間0:46~0:52の間に、
かなりのものを僕は感じて、その結果だいぶ多くの文章を書いてしまいました(笑)。
その先ほどとはうってかわって、この時間帯は少し『間』が空きます。
曲の「エアポケット」というか。
曲の「空白期間」というか。
先ほどの時間帯に聴き手が受け取ったものが多すぎたので、
ここで一度、「間」を入れるというか。
起承転結の「転」から「結」に向かう前に、聴き手の心の準備をさせる時間帯です。
「空白期間」というのも、僕らには必要な時間。
「何もない、何も感じない時間」も僕らが生きていくうえでも必要な時間。
曲の同じです。
現実世界と同様、曲の世界も「空白期間」が僕らをさらに強くします。
すべてが僕らとリンクしている。
すべてがまるで僕らの都合のいいように、曲は進む。
だからいい曲と言えるのかもしれません。
だから好きな曲と思えるのかもしれません。
音楽というのは一見「音楽側」の方が支配権を持っているように見えて、
すべてを決めるのは僕ら聴き手だと、僕は思います。
だってどの音楽が好きかを決めるかは僕らですから。
自分の心に合った、自分に都合のよい音楽を、僕らは無意識に好んでいく。
その『選択』が、僕にはとても面白く感じます。
その『螺旋的運命論』が、僕は好きです。
(螺旋的運命論は造語です。)
『再生時間1:01~1:10』
再生時間1:01秒から1:10秒まで。
曲における「空白期間」の続き。
曲における「エアポケット」の続き。
この時間帯に、僕ら聴き手は「帰り荷の支度」をする。
曲の世界から出ていく準備をする。
もうすぐ曲が終わる。
もうすぐこの曲の世界と離れていく。
僕らの先を感じながら。
僕らのSOMEDAYを感じながら。
以下この時間帯の詳しい解説。
曲の世界の「空白期間」はまだ続く。
僕ら聴き手はまだ「エアポケット」に入っている。
この時間帯で僕ら聴き手は少しずつ、「重い腰」を上げていく。
この再生時間1:01~1:10の間で僕ら聴き手は、現実世界に戻る準備をする。
『意思』が無い人は、音楽を聴かない。
今の自分を受け売れている人は、音楽を聴かない。
何かが足りないと思う人が、音楽を求め、聴く。
自分が変わりたいと思う人だけが、音楽を求め、そして聴こうとする。
すべては「流れ」の中に。
すべては、この『時(=SOMEDAY)』の中に、僕らはいる。曲はある。
そろそろこの曲が終わる。
曲が終われば、曲の世界での体験を、僕らは『忘れていく』。
この世界を忘れていくことで、
自分の心に残る『足跡』を、僕らは無意識に噛みしめていく。
ああ、もうすぐ終わる。
ああ、もうすぐこの曲の世界ともお別れだ。
何も無い、何も感じない。
ただひたすら、『その先』を感じて。
ただ真っすぐに、『温もり』を追い求めて。
僕らは曲の頂(サビ)へと、駆け上がっていく。
『再生時間1:10~1:27』
再生時間1:10秒から1:27秒まで。
曲の頂(サビ)へと駆け上がる。
曲の頂上へと昇っていく。
早漏(そうろう)な僕らは、すでにこの時間帯で、
現実の世界の自分が漏れ出してしまう。
この曲で僕らは十分に得るものを得て、
そして「馬鹿」みたいに帰っていく。
何も知らないままに。
その『運命』からは、逃れられずに。
以下この時間帯の詳しい解説。
頂きが近づく。
とてもとても近づいている。
頂きに近づきながら、僕らはすでにもう、少しずつこの世界と離れていく。
今まで溜めに溜めていきた僕らの『緊張』が、この頂に登る時間帯で、
すでに「漏れ出して」しまう。
頂きが来る前に、漏れてしまう。
曲の出口が見える前に、僕ら聴き手の身体が現実の世界へと戻っていく。
なんだか意外とあっさり、この曲と別れていく。
なんだか軽い感じで、この曲の世界と離れていく。
僕らというのは、やっぱり『馬鹿』だなと思う。
というかヒトって、『欠陥だらけの生き物』だと僕は思う。
僕らは簡単に、得たものを失っていく。
僕らは簡単に、手に入れたものを放棄してしまう。
僕らの『性(さが)』に、僕は少し落胆する。
僕らヒトの『性質』に、僕は少し『笑ってしまう』。
この呪われた生き物の世界を、嘲笑(ちょうしょう)しながら歩いていこう。
この追放された生き物の世界を、見下ろしながら生きていこう。
僕らはこの世界(=現実世界)で何を見て何を知る。
僕らはこの世界で、何に興味を抱き何に希望を感じる。
僕らの頭は再び真っ白になって、そして再び海底へと潜っていった。
学ぶことができない僕らは、そして再び暗闇の中へ身を投じていった。
全然、難しくはないんです。
全然、難解なことではない。
ただただ、これは僕らの習性。
ただただこれは、僕らのどうしようもない、『性(さが)』だったんです。
これはそんな、『性(さが)』の物語。
この曲はそんな『性』を持った不出来(ふでき)な僕らの、物語でした。
『再生時間1:27~曲の終わりまで』
再生時間1:27秒から曲の終わりまで。
曲の頂が来たけれど、僕がこの曲から感じたことはも先ほどの時間帯で言い終わった。
なのでこの頭が真っ白になる曲の頂の時間に、少し思ったことを書いていった。
アニメの「新世紀エヴァンゲリオン」を例に出して、
先ほどの時間帯での解説を、もう少し別の角度で伝えていく。
もう曲の頂では、終わっているのだ。
もう曲のサビでは、聴き手は現実世界に戻っていっている。
ここで解析は終わる。
以下この時間帯の詳しい解説。
アスカ(アニメ、「新世紀エヴァンゲリオン」のキャラ)は言った、『あんたバカァ』と。
綾波レイ(同じく「新世紀エヴァンゲリオン」のキャラ)は言った、『君は死なない』と。
これは何を指すのか。
これは何を意図しているのか。
真っ白な時間の中で、僕らは考える。
真っ白な頂(サビ)の中で、僕らは暇だから(笑)、
空いている頭でどうでもいいことを考える。
主人公碇シンジが僕らとシンクロする。
アスカと綾波の声が、シンジ君を通して僕らに伝わってくる。
世界から見放された僕らが、またこの世界と向き合っていく。
現実の世界で否定された僕らが、またこの現実世界に参加していく。
アニメの世界のように、僕らはシンジ君に集約されない。
現実世界では、僕ら一人一人がそれぞれの形で、この世界と向き合っていく。
僕らの始まりと終わりはみな同じだけど、その道なりは一つとて同じものは無い。
それぞれがそれぞれの、孤独な道を歩んでいく。
僕らは最初から最後まで、一人なのだ。
僕らは『共有』はできるけど、『共感』は絶対にできない。
僕らは『繋ぎ合う』ことはできるけど、『繋ぎ続ける』ことは絶対にできない。
再生時間1:10~1:27で言ったことの繰り返しになるけど、
僕らはまだまだ、『未完成』なんだ。
僕らはまだまだ、『解』に辿り着けない。
たぶん、この先も永遠に。
そんな未完成な僕らを、アスカは罵(ののし)る。
そんな孤独な僕らを、綾波レイは肯定する。
いつまでもいつまでも、僕らは自分の姿を確認し続ける。
そうしないと、消えてしまうから。
僕らの存在はいつまでもいつまでも不確かで、
しかしそれゆえ、その「欠損」を、『温もり』や『愛しみ』で埋めていくのであろう。
僕らというのはいつまでもいつまでも、『かわいそうな』存在であり続けていくと、
僕は思いました。
SOMEDAY
佐野元春
眠れない人のための「SOMEDAY(佐野元春)」徹底解析。
~授けられた命を存分に満たして。~
音楽解析終了。
後書き。
クッソ笑える。
・・・・。
・・・・。
クッソ疲れた。
いつもの音楽解析は大体3時間前後で終わるのだけれど、
この曲は5時間弱かかった(笑)。
しかも途中で結構ミスして、それを書き直ししたりして、
ほんま疲れた。
この曲平日に解析してなくてよかった。
でも日曜の今日もこれ終わったら色々予定あったんだけど・・・。
マジでため息がめっちゃ出る。
ラストの時間帯の、「再生時間1:27~曲の終わりまで」の解説文は完全に蛇足です。
その前の時間帯の「再生時間1:09~1:26」でここがもうサビかなと思って、解説文を締めようとしたら、続き聴いたらここはサビじゃないと気づいて、色々文章を修正して、ラストの時間帯余ったので、色々余計なこと書きました。
はあ・・・。
ほんと疲れた。
でも今回の解析はだいぶいいなと思う。
今までの解析の中でも、ベストに近いなと思う。
ラストがちょっとだれたけど、でもその前までで十分。
ああ、お疲れさまでした。
今ここまでで、約1万800字らしい。
はあ、疲れた。
これだからちょっと音楽解析やり始めるの、おっくうに感じちゃうんだよな。
長いとなるとここまで長くなっちゃうから。
ああ、疲れた。
ああ、もう、マジちゅかれたンゴ。
終わり。
9月30日。
読み直しと文章修正。
序盤は良かった。
そして中盤以降またぐだった(笑)。
こうやって今まで書いてきた文章読み直してみると、どうしても中盤ぐだるね。
やっぱりボーカルの声が入ってくると難しいんだよね。
その声から結構色々なことが拾えて来るから、
話をどっちの方向に伸ばしていきばいいのか分からなくなる。
結果ぐだる。
それとこの曲解析していてミスったのは、
いまいちサビがどの部分か分からなかったこと。
そのせいでちょっと説明が違ってたりしちゃった。
それのしても長い文章だ。
その熱量には自分自身で驚く。
ただまた読み直すのは面倒。
これってやっぱり読むの疲れるよね(笑)。
もし読んでくれている人いたらありがとうです。
こんなぐだぐだな、伝えたいことが定まらない文章を読んでくれて。